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  • M.-Cedarfieldさんの日記

  • 1-10/10

M.-Cedarfieldさんの日記

  • 2013

    4月

    14

  • 『ふたりのイームズ』クロスレビュー:映像クリエーターとしての先見性に脱帽

    「イームズ」といえば、あの「イームズ・チェア」を作った人?程度の予備知識しかないままに試写会場に足を運び、帰る段にはすっかり自分の不明を恥じる結果となった。 あれもイームズ、これもイームズという数々の業績を見せつけられたなかでも、『パワーズ・テン』には心底驚いた。このミクロからマクロへのズームイン、ズームアウトを一点凝視のハイスピードで行うカメラ操作は、日常的に目にするものだけに映像表現の文...


  • 2011

    9月

    11

  • 『緑子/MIDORI-KO』クロスレビュー:『過剰感』の表出がいざなう白日夢のような世界。

    「緑子/MIDORIKO」を観て、まず第一に思ったのは、画面上に横溢する『過剰感』である。登場人物の旺盛な食欲、ほとばしる吐瀉物や排泄物の描写はいうに及ばず、手書きによる細かい線描画は「たんねんに」というありふれた言葉では収まりきれないほどに細密かつ荒々しいタッチにて『過剰感』を演出している。ひとつひとつの絵のつくりが丁寧であるだけに、いやまして画面いっぱいに広がる『過剰感』が一種グロテスクな祝祭...


  • 2010

    6月

    26

  • 『デルタ 小川国夫原作オムニバス』クロスレビュー:曠野と故郷、二つの世界の遠近法の中で

    「デルタ 小川国夫原作オムニバス」を観た。 「誘惑として」「他界」「ハシッシ・ギャング」ーこの3作品に共通するのは、 小川作品の多くに登場する静岡県・大井川流域が舞台である、というこ とだ。しかし、この映画を目にした観客の心が旅情に誘われることはない。 映像を通して私たちが目にするのは、荒野である。それは、小川作品に 共通する、もうひとつの原風景である聖書の世界に現出する、荒涼たる 風...


  • 1-10/10

M.-Cedarfield

ゲストブロガー

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